北京に本拠地を置き、パリ、ロンドン、ニューヨークでも好評を博した「中国国立バレエ団」が5月10日(金)12日(日)に、東京で初めて公演を行ないます。
中国13億人の中から選ばれた、世界トップレベルのダンサーたちが踊るのは、チャイコフスキーの音楽とともに愛される不滅の名作『白鳥の湖』と、世界中で絶賛を博した1920年代の中国を舞台にした悲恋の物語『赤いランタン~紅夢』の2つ。
2003年に中国国立バレエ団のパリ公演を観劇している舞踏評論家の渡辺真弓さんに、この初来日公演の注目ポイントを教えていただきました。
日本には世界から数多くのバレエ団が来日しているが、まだ日本を訪れていないバレエ団がある。中国最大の規模を誇る中国国立バレエ団(中国での名称は中国中央バレエ団)である。
近年ヴァルナやモスクワなど国際バレエ・コンクールで入賞者を輩出するなど、その盛名は伝わっていたものの、全貌を知る機会はなかなかなかった。それがこの春、待望の初来日が実現することになった。
1959年の創立というから今年はちょうど60周年。オリジナル・バレエ『赤いランタン~紅夢~』全2幕と、チャイコフスキーの名作『白鳥の湖』全3幕の2演目で、現在のバレエ団の魅力を余すところなく紹介してくれることだろう。
バレエ団は、ダンサー、スタッフ、オーケストラを含め総勢366名からなり、うちダンサーは約80名。北京の天橋劇場を拠点に活動し、年間公演数は200回前後。バレエの普及を目的に、大学などの教育機関でも年30回前後の公演を実施している。最近では、2018年に、傘下に「中国国立バレエ団舞踊学校」が正式に設立され、約60名が学んでいる。
その水準の高さは、プリマ・バレリーナのジャン・ジエン(1997年第8回モスクワ国際バレエ・コンクール第1位)をはじめ、今回フライヤーに並ぶ14名のメンバーがいずれも主要な国際バレエ・コンクールの入賞者であることからも容易に想像することができる。
3月22日に北京で上演された『白鳥の湖』で目を見張ったのは、ダンサーのプロポーションの美しさ。とりわけ手脚の長い女性ダンサーたちの白鳥の群舞は優美で、男性陣はバネの利いた跳躍技などに見応えがある。
我が国のバレエとの大きな違いは、付属の舞踊学校時代から同じメソードで訓練を受けてきた独特の統一感が見られることである。同じアジアで活動する良きライバルとして、バレエ団がここまで飛躍したのはなぜか、その秘密を生の舞台で観られるのが今から楽しみだ。
現在の芸術監督のフォン・イン女史は、元プリンシパルで、メートル・ド・バレエ(ダンスの総監督)の経験者。「これまでパリ、ニューヨーク、ロンドンなどで公演してきましたが、今回初めて日本に行くことができ、古典と中国の作品で観客の皆様と交流を深めたい。特に世界最高レベルの東京フィル(指揮はチャン・イー)との共演が楽しみです」と期待のほどを語っている。
『赤いランタン〜紅夢〜』は、もともと小説が原作で、中国を代表する映画監督チャン・イーモーによる映画が大ヒット、その後、同監督の演出により、2001年にバレエが誕生した。作曲は20世紀を代表するフランスの作曲家オリヴィエ・メシアンの弟子であるチェン・チーガン、振付はワン・シンポン、ワン・エンエンが協力している。
舞台は1920年代の中国のとある富豪の邸宅で、妻妾同居の時代にあって、主人を巡る夫人たちの葛藤が描かれ、やがて壮絶な悲劇へと展開。タイトルの『赤いランタン』とは、主人が夜を共に過ごす夫人の部屋の前に灯すランタンを指し、中国社会の不条理を描いた作品として、内外で大きな反響を呼んだ。変化に富んだ場面転換が目を楽しませ、主人公たちの人間関係を映し出すような「マージャン・パーティー」など中国独自の文化を取り入れたダンス・シーンが見ものだ。
筆者が観劇した2003年パリ・シャトレ座での公演は、フランスにおける「中国文化年」のメイン・イベントの一つとして上演され、全6公演が完売の盛況だった。非常にショッキングな題材ではあるものの、重厚な舞台美術に、京劇などの伝統芸能を融合させたオリジナルな作風が反響を呼び、「贅を尽くしたスペクタクル」(ル・フィガロ紙)と絶賛された。
今回、『赤いランタン~紅夢』で主役の第三夫人を演じるプリマ・バレリーナのワン・チーミンは、2012年に新国立劇場バレエ団の『白鳥の湖』や『ローラン・プティの夕べ』に客演するなど、日本でもお馴染みの存在。北京舞踏学院で7年間学んだ後、中国国立バレエ団に入団し、現在トップで活躍中。
「日本には、中国のように国立のバレエ学校はありませんが、バレエ人口が多くて、皆熱心です。今回初めての日本公演では、私たちのバレエに対する意気込みと中国ならではの個性を感じていただきたい」と抱負を語る。
恋人の京劇小生役には、プルミエ・ダンサーのマー・シアウドン(2011年第1回北京国際バレエ・コンクールバレエ芸術基金大賞)が扮し、許されぬ恋のパ・ド・ドゥは必見である。
もう一つの演目のチャイコフスキー作曲『白鳥の湖』は、バレエ演目の名作中の名作で、バレエをはじめて観る方にもおすすめしたい。
悪魔の魔法で白鳥の姿に変えられた王女オデットが、湖で王子と出会って恋に落ち、悪魔に立ち向かって行く物語。オデットと王子の幻想的なアダージオ、白鳥たちの一糸乱れぬ群舞や、世界各国のキャラクター・ダンス、黒鳥オディールの32回のグラン・フェッテは、片脚を軸に回転し続ける最高難度の大技で、興奮を誘う後半最大の山場である。
チャイコフスキーの音楽も、哀愁を帯びた旋律が一度聞いたら忘れられないほどドラマティックで美しい「白鳥の主題」など、聞きどころ満載だ。音楽と踊りが一つに溶け合って幻想世界に誘うのがこのバレエの魅力。
本公演は『白鳥の湖』を良く知るバレエファンにとっても、『ラ・バヤデール』の演出などで実積のある名花ナタリア・マカロワが手がけた演出が見られるのが珍しく興味深い。
バレエを代表する演目である『白鳥の湖』。純白のチュチュをつけた白鳥たちが踊る姿は幻想的だ。中国国立バレエ団北京公演より
主役が一人二役をこなすのも『白鳥の湖』の大きな特徴。清楚な白鳥オデットと、悪魔の娘である黒鳥オディールの踊りわけも見逃せない。中国国立バレエ団北京公演より。
主役たちが死んでしまう悲劇か、幸せに結ばれるハッピーエンドか。2つのエンディングが存在する『白鳥の湖』だが、今回の来日公演ではどちらか? それは当日まで秘密にしておこう。
オデット/オディールに、ツァオ・シューツー(2010年第9回ジャクソン国際バレエ・コンクール第1位)、王子ジークフリートにスン・ルイチェン(2012年ヘルシンキ国際バレエ・コンクール最高位)のプリンシパル・カップルが予定され、瑞々しい舞台を披露してくれるのが楽しみだ。
日中両国の文化交流の架け橋として、注目のイベントになるだろう。
日本公演での『白鳥の湖』で主演が予定されているツァオ・シューツー。恵まれたプロポーションと表現力で難役を踊る。
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